美意識がかみ合わないときは、粘り強く話し合い。 
ウェブページにおいて、ただ、p要素でマークアップされたテキストと、アンチエイリアスの効いたテキストの画像と、どちらに美しい印象を持つか。
一般的な方なら、後者の方を美しいと言うだろう。後者にalt属性が書かれていなければ、うーむそれは美しくないよね、とWebデザイナーなら思うだろう。
例えがわかりにくいので、以下に修正。といっても、やっぱりわかりにくいか。(^_^;
* * *
「日時」と「日 時」。
見栄えのため、後者のように調整することがある。これに対して、
- 「見栄えを全角スペース(空白といえどデータ的には文字)で調整するんじゃなくって、CSSで視覚表現を操作するべきでは?(HTML+CSSな人)」
- 「スクリーンリーダーで、ちゃんと読み上げてくれないから、それはダメだね〜(アクセシビリティな人)」
- 「あぁ、そうなんですか。ま、でも、全角スペースがいちばん楽だし、そこまで厳密にしなくてもねぇ…(小さい見栄えにはこだわるが技術の学習コストがもったいない人)」
- 「っていうか、そもそも全角スペース入れたところで、大して見栄えは変わらんと思うんだけど…(それもそうだね、って言わせる人)」
- 「なにもしないのが、いちばんいいんだよ。(自然派な人)」
と、いろんな見方があって、それぞれに筋が通っている。
専門的な知識とか観察力を備えて、経験を重ねていくと、美意識の持ちようが変わってくる。
それぞれの専門家が集まる会議で、円満に終わってしまうときは、実は浅い議論しかしていないのかもしれない。
美意識の衝突があるときは、各々が真剣に考えているということで。固定観念にとらわれちゃいけないなぁとか、別の視点があるんだなということを発見できる機会と、考えられるようになりたい。変に相手に合わせたりもしないで、お互いがどのようにしてそういう考えに至ったのかということをとことん話合えるような関係ができると、いいなぁ、と思っている。
あとは、「天然」なコミュニケーション上手になることかな。:-)
イタリア人は本当にコミュニケーションが上手です。本能というか才能というか。難しい微妙な問題が起きてディスカッションすると、日本ではだんだん焦点がずれていって、本質から外れたところで思いきりきり話がこじれることも多いんですが、イタリアだと、問題の焦点ははずさずに、言いたいことはもう遠慮なしに全部出しちゃって、もう大喧嘩のようなディスカッションをしてもね、こじれかかってくると冗談を言ったり、コーヒーいかが? なんて言って、適当にテンションを抜く。それから、ひとりの人が追い詰められるような状況にしない。人のせいにしない。自分のせいです、とも絶対に言わないけど(笑)。最後には機械の故障だ、とかいって、機械に責任をおっつけて、それはともかく、解決方法に集中するこれはすてきなことでね。いろいろ学びました。
「粘り強く話し合い」とか言っている時点で、努力してるっぽくて格好悪い。さらりと解決できるようになりたいな〜。
















